コラム

天の一角からの眺め

2009年10月02日 14:40

つい最近、10年ほど前に出版された司馬遼太郎さんの「人間というもの」(PHP研究所発行)を読み直してみた。

その中で「人間とは何か」について「弱さとおろかしさ」に言及している小説の文章がある。

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物事は両面からみる。それでは平凡な答えが出るにすぎず、智恵は湧いてこない。いまひとつ、とんでもない角度―――つまり天の一角から見おろすか、虚空の一点を設定してそこから見おろすか、どちらかにしてみれば問題はずいぶんかわってくる。

「夏草の賦 上」

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私は、現在、ひろく一般の人々に対して簿記会計を指導し、かつ研究している者の一人として、「物事を両面からみる」仕事には慣れている。

そう言い切った理由は、企業の経営活動を借方(左側)と貸方(右側)に分解する技術・知識である簿記原理を専門としているからである。

ここまでは、いい。簿記会計の世界では、だ。

しかし、この「慣れている」というコトバを言った瞬間に、上述の意味での「弱さとおろかしさ」を暴露してはいないだろうか、とふと、考えてしまう。

たぶん、「天の一角」からみおろした簿記会計は、おそろしく細かい作業を対象とする研究・指導・実務に違いない。そんな作業を対象とする研究・指導・実務は、「天の一角」からみおろせば、吹き出してしまうほどの「弱さとおろかしさ」を露呈しているのかもしれない。

たしかに、簿記会計の作業結果は、古来より議論されてきた哲学上の課題などとは異なり、「平凡な答え」に過ぎないのかもしれない。

西遊記の孫悟空がインドから中国に伝来した“サルは馬を守る”という伝承により馬の管理人として天に召されたものの、官位が低いことを知って天界を脱走しようとして、きんとん雲に乗ってものすごいスピードで移動するのであるが、所詮は釈迦如来の手のひらの中にいたことと、似ていなくもない。

この度参加した日本会計研究学会第68回大会における基本的スタンスも「変革」が中心だった。国際的な研究動向の変化に対応した会計研究の棚卸し、インタンジブルズ(触れられない)情報の有用性の検証、といったテーマは、いままでとは異なる「天の一角からのビューポイント」に身をおかないとなかなか見えてこない問題である。

政治の世界でも民主党が大勝利し、「変革」のためにいままでの慣行を白紙に戻して官界、経済界に果敢に臨んでいる。これはまさに従来の日本が甘んじてきた「弱さとおろかしさ」への挑戦とも言える。「天の一角へのビューポイント移動」「虚空の一点設定」といったスタンスがなければ、とても成し遂げられる代物ではない。ビューポイントの移動方向・速度・設定位置を誤れば、とても公約は実行できまい。

この激動の時代には、慣れてしまった「弱さとおろかしさ」を乗り越えてこそ、個人としても、組織としても力強いポリシーをもつことができ、結局はその安定感が江湖に受け入れられて、それぞれの念願の夢が実現できるのだと思う。むろん、「弱さとおろかしさ」を乗り越える際にプライオリティの価値判断が伴うのではあるが・・・。

ビューポイントの移動・新設定こそ、いま、すべての人間、企業、政治団体、政府に求められていると言えよう。