コラム

湯けむりの薫り(2) 「温泉」とは?

2009年10月10日 17:10

温泉に浸かりながら、考えた。

そもそも、温泉とは何だろうか?

これを考えるとき、私のような社会科学の道に入った人間の思いつくところは、やはり法律の定義になってしまう。習性であろうか。

我が国の温泉法は昭和23年に制定されている。

「温泉とは、地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。」

その「別表」には、温泉源から採取されるときの温度が摂氏25度以上のものか、下表に掲げる物質のうちいずれか一つが基準値を上回るもの、と規定している。

「物質」には、ラドンや重炭酸ナトリウムなど19の名が示されている。
※別表
  一 温度(温泉源から採取されるときの温度とする。) 摂氏二十五度以上
  二 物質(左に掲げるもののうち、いづれか一物質名) 含有量(一キログラム中)
   溶存物質(ガス性のものを除く。) 総量一、〇〇〇ミリグラム以上
   遊離炭酸(CO2) 二五〇ミリグラム以上
   リチウムイオン(Li・) 一ミリグラム以上
   ストロンチウムイオン(Sr‥) 一〇ミリグラム以上
   バリウムイオン(Ba‥) 五ミリグラム以上
   フエロ又はフエリイオン(Fe‥,Fe…) 一〇ミリグラム以上
   第一マンガンイオン(Mn‥) 一〇ミリグラム以上
   水素イオン(H・) 一ミリグラム以上
   臭素イオン(Br,) 五ミリグラム以上
   沃素イオン(I,)  一ミリグラム以上
   ふつ素イオン(F,) 二ミリグラム以上
   ヒドロひ酸イオン(HAsO4,,) 一・三ミリグラム以上
   メタ亜ひ酸(HAsO2) 一ミリグラム以上
   総硫黄(S)〔HS,+S2O3,,+H2Sに対応するもの〕一ミリグラム以上
   メタほう酸(HBO2) 五ミリグラム以上
   メタけい酸(H2SiO3) 五〇ミリグラム以上
   重炭酸そうだ(NaHCO3) 三四〇ミリグラム以上
   ラドン(Rn) 二〇(百億分の一キユリー単位)以上
   ラヂウム塩(Raとして) 一億分の一ミリグラム以上
つまり「温泉」とは、地中から湧出されてさえいれば、何の成分が無くても摂氏25度以上であれば該当するとともに、それとは別に、まったく温かくなくても特定の「物質」が基準値を上回っていれば、「温泉」に該当するのだ。

我が国の温泉法第一条では 「この法律は、温泉を保護し、温泉の採取等に伴い発生する可燃性天然ガスによる災害を防止し、及び温泉の利用適正を図り、もつて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。」と、規定している。

このコラムをご覧になっている方の中には、イタリア在住の方や、オランダ在住の方等もいらっしゃる。

海外ではほとんどご老人が温泉療法目的で水着で温泉に浸かっているという実情に照らしてみれば、日本の温泉は老いも若きもそれぞれ男湯女湯別に真っ裸でにこやかに湯に浸かり、湯上がりにはビールとおいしい新鮮な料理が待っている、という構図が羨ましいと思われることだろう。(私の弟はアメリカ・フェニックス在住で、いつも日本に帰ってくる度に、温泉と料理のすばらしさを口にする。独特のくつろぎ感は堪えられないようである)

もっとも、オランダで初めてローマ帝国の都市権を得た街として知られるナイメーヘン(基礎自治体で、埼玉県東松山市と姉妹都市。)には、泉質が食塩泉の温泉があり、温泉のほかにミントのサウナやユーカリのスチームサウナ、ラベンダーのジェットバスなどがそろっているようだ。ある旅行者の方によれば、「風呂上りのビールも最高!」らしいから、日本の温泉施設とあまり変わらない満足感があるのかもしれない。しかし、日本庭園の中の檜風呂や岩風呂は独特の風情があり、浴衣姿での湯上がりの一杯は同じ「最高!」でも、そのくつろぎ感は日本人の感性にピッタリしたものであろう。

ところで、温泉に入ったときに肌に感じるあのスベスベ感、ツルツル感、やわらかさ、そしてあの独特の薫りは何なのだろう?

専門家によれば「やわらかさ」については、「熱」と関係があるそうだ。お湯を分子レベルまで分析すると、水分子の振動する速度が速いほど、私たち人間が「お湯が熱い」と感じるという。

また、家庭用のお風呂の湯とちがって温泉の湯が「やわらかい」と感じるのは、どうもその振動する速度(運動エネルギー)と関係しているらしい。

家庭用の湯は水から温めるので運動エネルギーが安定していないため、「やわらかい」とは感じないという。

しかし、温泉の湯は断層(地下の地層もしくは岩盤に力が加わって割れ、割れた面に沿ってずれ動いて食い違いが生じた状態)の裂け目に貯留されたり、透水性の良い地層に層状に貯留されているという。しかもその貯留期間は長い。

だから温泉の湯は断層の中の岩盤や地層の中で運動エネルギーが安定しているため、「やわらかい」と感じるのだそうだ。

(なるほど)と、思った。

では、「スベスベ感」「ツルツル感」はどこから来るのだろう?

温泉ビジターの意見を総合すると、これはどうも「アルカリ度」の高い温泉で、成分的にはナトリウム炭酸水素や炭酸カルシウム、硫酸塩などを多く含んでいる温泉のようだ。また、スヘスベ・ツルツルの温泉では「低張性」という表示もよく見かける。

「アルカリ度」そのものはPHで判断される。Pは power(累乗)の略、Hは水素の元素記号である。溶液の水素イオン濃度を表す指数であり、中性では7で、酸性では7より小さく、アルカリ性では7より大きい。

「低張性」といのは、どうも「浸透圧」と関係しているらしい。この「浸透圧」は、濃い液と薄い液がある場合に、同じ濃さになろうとして、薄い液の溶液が濃い液の側に移動する現象だ。

温泉も各種の塩類が溶けている液体のため浸透圧があり、人間の体を組成する細胞液と等しい浸透圧を持つ液体を「等張液」と言うそうだが、この等張液を基準にして温泉を比べる分類の一つに「低張性」が登場するのだ。

やや専門的な臭いがするが、つまりはこういうことである。
 低張性(ていちょうせい) 等張液より浸透圧の低いもの(8g/kg未満)
 等張性(とうちょうせい) 等張液と同じ浸透圧を持つもの(8~10g/kg未満)
 高張性(こうちょうせい) 等張液より高い浸透圧を持つもの(10g/kg以上)

人間の肌も温泉の効能成分を浸透させることができる。高張性の場合、肌がピリピリと感じ、低張性の場合、肌がスベスベ、ツルツルと感じるのである。


ところで、今回のテーマ“湯けむりの薫り”についてそろそろ触れねばなるまい。

先日、「生まれたての温泉は飲めます」という、キャッチフレーズの温泉旅館広告を見つけた。

そこには、

「熟成される前の温泉を、地中深くから無理やりポンプで汲み上げる温泉地が、日本中に溢れています。さらに、全国に3万軒あると言われる温泉旅館や日帰り温泉施設のほとんどが、少ない温泉の量を補うために、一度浴槽に貯めたお湯を沸かし直し、もう一度湯口から浴槽に戻す循環式を取り入れています。この方式では、使いまわしのお湯を殺菌するために塩素等での消毒が必要です。皆さんは「温泉に来たのになぜかプール臭い」と感じた事はありませんか? それが塩素の臭いです。本物の温泉と循環式のお湯、そこには大きな違いがあります。じっくりと熟成された生まれたての温泉を、そのまま湯口に導くことで、その温泉は飲む事も可能になります。飲む事ができるほど新鮮な温泉を引き込んだ湯船では、温泉本来の豊かな薫りと滑らかな肌ざわりを堪能することが出来ます。生きた温泉は地表に湧出したあと、急激に圧力が抜け、酸素に触れるため、様々な変化が現れます。本物の温泉が注がれた湯船で揺れる、白や黒の「湯の花」は温泉の成分が凝固した本物の証です。そんな極上の温泉に浸かった後に、ついつい眠くなってしまうのは、その素晴らしい薫りや温泉に含まれている様々な成分が、疲れた身体の余計なこわばりと心をほどき、リラックスさせてくれるからです。本物の温泉が持つ「癒しの力」、それを味わえる喜びが温泉旅行の醍醐味です。」

と、書かれていた。

そういえば、「この温泉の水は飲めません」と表示されている温泉地はずいぶんと目につく。

なぜ温泉が飲めないのだろうか、長い間素朴な疑問として脳裏にとどまっていた。

温泉の水自体に有害な物質が含まれている場合には、温泉施設としての成立条件が成り立たないから、それは当然としても、体に良いとされる温泉水が飲めないというのは、不思議と言えば不思議であった。

この温泉旅館広告を見て、また(なるほど)と、納得した私であった