コラム

湯けむりの薫り(3) 温泉の開発

2009年11月01日 09:54

今からちょうど7年前の平成14年10月31日に、温泉開発にまつわる、最高裁判所の判決があった。

「温泉掘さく不許可処分取消請求事件」というものである。えらく長い名称の事件であるが、法律界特有の表現だと思えば、国語力の不足する若い人たちには多少の国語勉強にもなろう。

要は、「土地所有権及び温泉利用権の効果」を盾に温泉掘さく不許可処分の取消しを主張する原告である温泉開発者と、温泉掘さくを都道府県知事の許可制としている温泉法の規定を盾に「公益を害するおそれのある開発と認められる」として掘さく不許可処分の正当性を主張する被告である地方自治体(洞戸村)との争いだった。

判決要旨はつぎのとおりであった。

温泉法が温泉の掘さくを都道府県知事の許可にかかわらしめている趣旨は、既存の温泉源の保護と土地所有権当の新規又はこれに準じる温泉の掘さく及び利用に関する権利との調和を図ることによって、温泉を適正に利用できるようにする点にあり、法4条1項の「温泉ゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし」との文言は、それに続く「その他公益を害する虞がある」場合の具体的例示であって、これらの例示による事項とは性質を異にする温泉掘さく後の開発行為による環境への影響や周辺住民の意向のような事情は、同項の「その他公益を害する虞がある」場合には当たらない。

また、判決文主文の冒頭は、つぎのとおりであった。

  1. 被告が原告に対し平成13年7月10日付けをもってなした、原告が岐阜県武儀郡a557番1において温泉を掘さくすることを不許可とした処分を取り消す。
  2. 訴訟費用は被告の負担とする。

どうであろう。

地方自治体側の行政処分にも、一理はある。

環境省自然環境局によれば平成19年度の温泉を備えた宿泊施設(ホテルや旅館)は全国で1万4907施設、温泉を利用した公衆浴場(日帰り温泉施設)は7859施設となっている。合計2万2766施設は増える一方だが、その中身には深刻な問題が起こっている。

温泉掘さく技術が進化し、大深度掘さく(1000メートル以上の深度)・掘さく源泉数の増加で、掘さく湧出量は毎分280万リットルにも上っている。温泉湧出量に限れば昭和38年度の3倍以上である。このうち動力湧出量はおよそ毎分200万リットルであるのに対し、自然湧出量は毎分80万リットル、平成11年度をピークに減少傾向にある。

地元の温泉宿泊施設が悲鳴を上げるのも無理はない。地元以外の日帰り温泉業者が大型掘さく機で源泉数を拡大、無理やり地中から汲み上げて温泉資源が枯渇し、お客までごっそり取られてしまうのだから、これはたまらない。営業妨害といった被害者意識も生まれなくもない。地方自治体も、こうした地元業者の利権を保護するためにも本気で動かざるを得ない。

くだんの最高裁判所の判決も、むろんこうした背景があることを理解しつつも、それでもなお温泉法の法文構成にこだわった。

裁判所の判決は言う。

法4条の「その他公益を害する虞がある」という文言は、「温泉ゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし」という文言に続いて記載されており、その法文構成からすると、「温泉ゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし」とあるのは、それに続く「その他公益を害する虞がある」ときについての具体的例示と解するのが自然であり、掘さくによって既存の温泉源に与える影響の問題とは関係がない温泉掘さくに伴う開発行為に関する事情を「その他公益機を害する虞がある」場合に含めることは困難である。

私が見るところ、本件では地方自治体の「攻め方」に、裁判官の心証を害するような「勇み足」があったように思われる。裁判官も人間である。

この事案では、地方自治体は以下の3点を強調していた。

① 掘さく許可にあたっては周囲の環境との調和が考慮されるべきであり、環境の享受主体である地元住民がほとんど反対しているのは、申請が周囲の環境と調和しておらず、 ひいては、優れた自然環境と縦貫起用への影響が懸念されることの現れである。・・・・・
  原告は大規模な施設建設を予定しており、そのような施設への来訪者の増加に伴って当然に予想されるゴミやし尿処理など自然環境や地域住環境に与える具体的懸念に対し、地元説明会などで住民を納得させるに足りる対応策を提示できなかったため、住民のほとんどが反対に回り、村議会の反対決議を始め、関係団体全てが反対の要望書を提出している。

② 原告が掘さく後に建設を予定している大規模な温泉利用施設へのアクセス道路は、未整備かつ法面崩落の危険がある道路であり、利用者増加に伴う道路の維持管理上のm問題が発生することは明らかな状況であるところ、これら道路の拡幅、整備のために必要な地権者の同意や村の財政問題について、原告は何らの対応策も示していない。

③ 原告は温泉掘さくそのものと、その後の利用形態やそれに伴う問題は分けて考えるべきであると主張するが、掘さくはその利用を企図して行われるものであって、一連の行為であるという実態があり、認可処分もそれを前提として行うのを通例としている。原告の主張は縦割り行政の弊害を是としかねないものであり、原告はそれをよしとしない。

しかし、地方自治体の主張の論理構成・論理展開がまずかった。

もし、原告に勝つための裁判であれば、政治上の課題は持ち出すべきではなく、あくまで「温泉掘さく」そのものにより、湧出量、成分に具体的な変化が出てくる点を、争点にすべきであったかと思われる。全国におけるあらゆる資料を総動員してでも、争点がブレない配慮が必要ではなかったか。「温泉法」を盾にする限りは、その立法趣旨に沿った攻め方があったはずだ。

裁判官は、住民の意向で判決を下すわけではない。あくまで、事案の総合的な分析を基礎として、関連法文の趣旨、解釈に沿って現実的・公正的な角度から結論を出すのである。

さて、近年は温泉ブームと言われて久しい。

その立役者は、日帰り温泉施設でもあり、アイディアに満ちた宿泊温泉施設でもある。

伝統的な宿泊温泉にとっては日帰り温泉は強敵だが、考え方によっては、「強敵に勝つ付加価値」をつくれるチャンスでもある。正に、ピンチがチャンスである。

「しっとりした湯けむり漂う温泉街を、入湯手形を片手に、浴衣姿で露天湯巡り」といったキャッチフレーズ等で急速に成功した黒川温泉や湯布院温泉などがある。両温泉ともに、女性雑誌に掲載され、「女性」をターゲットにして、九州ナンバー1を争う人気温泉となった。

黒川温泉には20数件の旅館があり、川を挟んだ狭い谷間にあり(写真左側参照)、独特な露天風呂を個性としてもつ各旅館が提携して、女性達の人気の的となってしまった。黒川温泉観光旅館協同組合の方々のアイディアの勝利といえる。
湯けむり3-2 湯けむり3-1

「入湯手形」(写真右側参照)をつかえば、私が調べただけでも、24もの露天風呂から選んで、3つの湯に入れるのだ。

また、女性に好まれる「ヘルシーで美味な緑のパスタ」や、山道を歩いてたどり着いた古民家での「田舎そば」等、グルメの面でも魅力たっぷりの世界を演出している。

温泉の掘さくについても、興味が湧いてくる。

まず、「温泉探査」といって温泉の調査をしてゆく。