入塾生の声

第129回日商簿記検定4級合格者 Y・Kさん 

私は、50歳の独身男性で関西出身、大学は経営学部卒業で3年前に首都圏に引っ越してきました。

 現在東京のホテルに再就職して約2年半になります。米国のリーマンショックに端を発した不況から関西で職を失い、どうして良いのか一時は途方に暮れておりました。

 そこで、地方暮らしのあまりの長さに、私のこの年齢とのんびりした性格から相当な勇気と決断がいりましたが、思い切って最後の残りの人生を、首都東京で働くことを決めました。

 私のこの年齢で何の取り柄もない人間が、競争の激烈な東京で再就職先を見つけるのは至難のわざでした。しかし、幸運にも、現在の会社にめでたく入社させていただき、とてもありがたく思っております。

 実は以前から簿記を学ぶ必要性は感じておりましたが、日常の仕事に流されてなかなか勉強の実施には至らず、ずるずると1年半ほど経ってしまいました。

 たまたま自宅のパソコンで東京までの通勤途上にある「日本会計アカデミー」を見て、さっそく寺島先生ご指導の体験授業に行きました。

「それでは来週からお願いします」とお別れしたものの、会社に到着した途端に業務が急に忙しくなり、休日もしばらくは取れない状況となってしまい、そのまま先生には「しばらく通学できそうにありません」とお伝えしました。

 それっきり、ずるずると8ヶ月ほど経ち、モチベーションは相当落ちていましたが、勇気をふるって再度アカデミーの門を叩き、「今度はやります!」と、申し上げたところ、快く出迎えて下さいました。

 私はホテルでの実務経験が長く、心を込めてお客様をお持て成しして差し上げる能力にはある程度自信はありますが、簿記のようなゴチャゴチャ計算だの仕訳だのは正直じゃまくさいとさえ思う性格で、細かい数字を扱うのが大嫌いです。

 簿記を目指した動機も、ほんの軽い気持ちで、(まぁ、仕事の合間にのんびり勉強して、会社の中の数字を読み取ったり分析できればいいなぁ、3級程度まで取れればいいなぁ)くらいにしか考えていませんでした。

しかし、入校して3ヶ月が経ち、先日発表の簿記4級に合格してからというもの、4級に続く簿記の勉強にやたらと積極的に取り組もうとしている自分に、我ながら非常に驚きます。なぜかわかりません。

 たぶん、大の数字計算・仕訳アレルギーだった私は、自分の能力の中で大きく欠けていると気付いていた領域である簿記にチャレンジしてみたかったのでしょう。

 もともと、どこの経理学校でも日商簿記4級受験コースなどありませんし、ほとんどの方が3級コースからスタートするでしょう。4級受験コースをわざわざ寺島先生に設けていただいて、あえてそこからスタートしたのは正解だったと思います。

 野球に例えれば、ふつうの人が3級という鮮やかなセンター前クリーンヒットで1塁に出るなら、私は泥臭く内野安打でもセーフティバントでも何でもいいからまずはカッコ悪くても1塁に出て、もしそれが成功した暁のあとに、簿記の勉強を続けるかどうか、改めて考えてみようと思ったのです。

 とにかく、自分も人と同じように「出来る!」という自信を持ちたかったのかも知れません。この体験記をご覧になる皆様は、「いい年して、いまさら高校1年生レベルの4級の勉強か」などとお笑いにならないで下さい。

 私は今まさに50歳にして簿記を学びたいと真剣に思える出会いをつかんだのです!

 ここまで私を成長させて下さったのは、寺島先生です。

 私はホテルという仕事の関係上、夜勤ばかりの生活で、かつ年も重ねておりますから、体力的にもきつく、年中寝不足との戦いです。

 幾度かモチベーションも下がり、自分であれこれ理由をつけて、すこし勉強が嫌になったこともありましたが、寺島先生はいつも優しく見守って下さり、「人生、あきらめたらあかんで!」とのお言葉を信じて、今は次のステップの2月26日の3級合格を目指して頑張っています。

 私の当面の目標は、3級合格のあと、2級まで進んで、東京商工会議所主催のBATICという英文会計にチャレンジしてみたいと、夢は広がるばかりです。

 私は思います。人はいくつになっても、これで終わりということはないと自分に言い聞かせていますし、職場の若い従業員にもそのことをアドバイスしています。つまり、何歳になっても、肉体は衰えても、いつまでも若くありたいし、常に挑戦し進化し続けられる人間でありたいと思います。たとえ、その結果が出世やこの社会での成功につながらなくとも。

 そして、自分が身につけた知識や経験が何らかの形で社会や、日本国内や世界中のさまざまな人々のお役に立てたら、たとえほんの小さな力でも嬉しく思いますし、この世に生を受けた甲斐があると思います。

 そのためにも、私は簿記の勉強と大好きな英会話の勉強は、命ある限り、忙しい仕事の合間を縫ってでも続けてゆきたいと思っております。

※塾長コメント

 Y・K氏のこの文章は、人間の持つ心の奥底に眠っている、その魂を揺さぶり起こすようなみずみずしい感動を覚えました。

 関西の大学経営学部をご卒業し、在学中には簿記の授業に接しておられるにもかかわらず、簿記の入門編だけを対象とする4級にチャレンジされた謙虚なお心を持たれるこの方は、私を含めすべての会計学徒が見習わなければならない方だと思いました。

 最後に触れられたお言葉「人はいくつになっても、これで終わりということはない・・・肉体は衰えても・・・常に挑戦し進化し続けられる人間でありたい」という表現は、かの有名なサミュエル・ウルマンの「青春」の詩を彷彿とさせます。

 私も、来年から関西の4年制大学で教壇に立つので、この詩を改めて肝に銘じて口ずさみたいですね。

 Y・K氏に、また読者に下記にその「青春」の詩をプレゼントします。

青  春        

原作 サミエル・ウルマン

邦訳 岡田 義夫

青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相ようそうを言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦きょうだを却ける勇猛心、安易を振り

捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や狐疑こぎや、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰あたかも長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥あくたに帰せしめてしまう。

年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる、

人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる、

希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。

 これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷あつごおりがこれを堅くとざすに至れば、この時にこそ人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。

  • Posted at 2011-12-29 00:00:00